溶融塩炉の安全性について
1.はじめに 前回は、現在使われている発電用原子炉は、「軽水炉」と呼ばれる形式で、第1世代から第3世代までの形式があると言うことでした。しかし、たとえ第3世代の原子炉であっても基本的に「軽水炉」である以上、原理的には福島原発事故による被害や環境破壊と同様の事態を発生する可能性は、否定できないのではないかと言うことを述べました。そうして、この「軽水炉」とは全く異なった原理に基づく、より安全な原子炉があると言うことを知りました。それは一般に「第4世代」と呼ばれる原子炉のひとつで、「溶融塩炉(ようゆうえんろ)」(図-1)と言うものだ、ということでした。 (注:「溶融塩炉」と「熔融塩炉」の二通りの表記が使われています) 図-1 トリウム溶融塩炉の全体構造(by ITMSF)[1] ![]() 前回では、「軽水炉」と「溶融塩炉」の原理や構造について比較学習しました。そこで今回は、両者を安全性、環境負荷、放射性廃棄物および経済性の面から比較してみようと思います。 2.安全性について ◎炉心の温度上昇を検知すると弁(フリーズバルブ)が開き、液体燃料が原子炉下部の専用容器(ドレインタンク)に落ちて反応が止まります。 ◎液体の溶融塩は水とは異なり、高温にしても容器内は常圧なので圧力容器は必要なく、容器からの漏洩などが起きにくくなります。 ◎装置内部の圧力が低いと言うことは、原子炉の製造面でも運用面でも安全性が向上します。 ◎炉心を水で冷却する必要がないので水は存在せず、水素発生による水素爆発の可能性はありません。 ◎溶融塩炉では、軽水炉のように多数の複雑な配管が必要ないので、燃料棒の被覆管損傷による水素ガスの発生の危険がありません。 ◎このように溶融塩炉は、自己制御性に優れているので重大事故の発生は起こりにくいと言われています。 図-2 トリウム溶融塩炉の安全のしくみ(by亀井敬史2011)[2] ![]() {図の説明}トリウム溶融塩炉で外部電源が喪失した場合: ①外部電源の喪失 → ②ポンプが停止して冷却機能を失う → ③炉心の温度が上昇し高温になる → ④炉心真下のフリーズバルブが高温で溶ける → ⑤フリーズバルブが自動的に開く → ⑥液体の燃料が重力で自動的に下部の排出タンクに落下 → ⑦排出タンクには減速材の黒鉛がないので核分裂も停止 → ⑧崩壊熱は周囲の空気循環によって除去 → ⑨原子炉は安定した停止状態となる 3.環境負荷について ◎地震により原子炉が破壊した場合は、炉内から燃料がなくなり炉は停止し、溶融塩の温度が500℃以下になると、溶融塩の特性から漏れた燃料はガラス固化体となって放射性物質を閉じ込めます。 ◎常圧のトリウム溶融塩炉では水を使っていないので、万一事故が起こっても軽水炉のように炉心熔融、水素爆発、水蒸気爆発などは、原理的にも構造的にも発生しません。したがって、放射性物質の飛散は生じません。 ◎万一の事故時においても原子炉を強制的に冷却する必要がないので、汚染水処理の必要がありません。 ◎溶融塩炉では、軽水炉に比べて熱効率*が高いため、電気エネルギーに転換する割合が高く、その結果、廃棄する熱の割合が少なくなります。したがって溶融塩炉では、熱廃棄物の削減に大きく貢献し原子力発電所の周囲海域の環境負担を軽減します。 4.放射性廃棄物について ◎軽水炉ではウラン燃料を使用するため、大量のプルトニウムが生成されます。しかし、同じ発電量で比較した場合、トリウム溶融塩炉でのプルトニウム生成量は、軽水炉の場合の500分の1と言われています。 ◎トリウム溶融炉では、軽水炉に比べて放射能の半減期の長い元素の生成が微量なため、高レベル廃棄物の量は極めて少なくなります。 ◎軽水炉のウラン燃料から発生する放射性廃棄物は、再処理した場合でも万年単位の保管期間が必要です。一方、トリウム溶融炉から生じた放射性廃棄物は、地中埋設処理の場合、高い放射能は数十年で終わり、数百年で自然界の放射能レベルにまで減少します。 ◎軽水炉の使用済み燃料棒には、処分困難なプルトニウムが含まれています。トリウム溶融塩炉では、液体の溶融塩に着火材としてプルトニウムや核分裂生成物を混ぜて使うので、これらの厄介者を安全に消滅させることができます。つまりプルトニウムの拡散防止と高レベル放射性廃棄物の処分の問題を、同時に解決できるのです。 ◎軽水炉の燃料棒は、1年程度の使用で交換を必要とし、そのたびに放射能を帯びた細管が廃棄物として多量に発生します。一方、溶融塩炉では、燃料が液体なので固体燃料棒の被覆管のような放射性廃棄物は発生しません。 ◎軽水炉から発生する使用済み核燃料の中のプルトニウムは、ガンマ線の放出が弱いため被曝を受けずに容易に盗み出して、核兵器へ転用される大きな危険性があります。一方、トリウム溶融塩炉の燃料から生成されるプルトニウムは量も少なく、しかも強力なガンマ線を放出するウラン232と混在しています。この強力なガンマ線による被曝は、数時間で致死量に達するため、これを盗み出して核兵器へ転用することを困難にしています。(このことは逆に溶融塩炉のガンマ線遮蔽が、安全上の重要に課題となりますが・・・・) 5.発電効率・制御性・経済性について ◎軽水炉では水(沸点100℃)の熱効率*を高めるために160気圧(加圧水型)もの圧力をかけていますが、熱効率は33%程度です。これに比べて溶融塩炉ではわずか5気圧に過ぎませんが、それにもかかわらず熱効率は44%にも達します。 ◎溶融塩炉では加圧力が低いので、軽水炉のような頑丈な原子炉や配管の設備は不要であり、また多数の複雑な配管をすることも必要ありません。したがって原子炉施設の構造も単純なので建設費や維持費が安く、間接的に安全性も高まると言うメリットがあります。 ◎燃料棒を使わないためその製造も毎年の交換も不要なので、燃料に関するコストは大幅に削減され、燃料交換に伴う廃棄物の量も減少します。 ◎軽水炉では、出力を変動させると燃料棒の被覆管が熱疲労によって破損する恐れがあるため、発電量を変化させることなく一定出力で運転しています。一方、溶融塩炉では、燃料棒を使わないため需要の変化に応じて発電量を自由に変化させる「負荷追従運転」が可能となります。 ◎電力の供給システムを、再生可能エネルギー中心とした場合には、太陽光発電や風力発電などでは夜間・曇天や無風状態があるため電力需給をバランスさせることが困難です。ところが溶融塩炉発電では、需要に応じて発電を自由にコントロールできるで、再生可能エネルギーの弱点を容易に補うことができます。 以上、トリウム溶融塩炉の安全性、環境負荷、放射性廃棄物および経済性について、軽水炉との比較において学習しました。今回の学習によってトリウム溶融塩炉が、現在、多くの国で使われている軽水炉に比べて、確かに優れていることが理解できました。 しかし、このように優れた溶融塩炉が、 (1)何故、現在使われていないのでしょうか? (2)当初から発電用原子炉としての選択肢はなかったのでしょうか? (3)何故、軽水炉型が採用されたのでしょうか? (4)熔融塩炉の現状と今後の課題はどうなっているのでしょうか? 次回はこれらについて学習してみたいと思います。 <参考文献> [1] 吉岡律夫*:熔融塩炉の安全性について、2011/3/4 http://msr21.fc2web.com/safety.htm *NPOトリウム熔融塩国際フォーラム(ITMSF)理事長 [2] 亀井敬史:トリウム溶融塩炉 -安全、安価で小型 軽水炉と太陽光の弱点補うトリウム原子炉(2) WEDGE Infinity(メールマガジン)、2011/9/27 http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1509#infinity-servicetool [3] 小森三郎:大転換すべき原子力政策、ブクログのパブー(電子書籍) http://p.booklog.jp/book/26473/read [4] 古川和男:原発安全革命、文春新書、2011 [参考事項] *ガンマ線とは?ガンマ線は放射線の一種である。プルトニウムやウランは、アルファ線、ベータ線を出す。アルファ粒子は一枚の紙も通過せず、またベータ線は1cmのプラスチック板で十分遮蔽できる。しかし、電磁波であるガンマ線の遮蔽には厚さ10cmの鉛板が必要となる。 溶融塩炉でトリウムを使用する際には、このガンマ線を防護するための遮蔽が必要になる。ガンマ線の遮蔽には、比重の重い物質(鉛、鉄、コンクリートなど)が使われる。一般によく利用される鉛(11.3g/cm3)では、10 cmの厚さで約1/100 - 1/1000に減衰される。 ガンマ線は飛程が長い上、電荷を持たないので電磁気力を使って方向を変えられないため、ガンマ線からの防護は他の放射線と比較して難しい。また、ガンマ線の持つ電離作用により、DNAを傷つけることによる発がん作用などがある。致死線量は6グレイ*前後である。<by Wikipedia> *グレイ(Gy):「もの」が単位質量当たり受ける放射線エネルギー量(吸収線量)を表す単位 シーベルト(Sv):放射線が「人間」に与える影響の度合いを表す単位 シーベルトの値=グレイの値×放射線荷重係数×組織荷重係数 放射線荷重係数:放射線の種類による影響の違いを表す:ベータ線・ガンマ線=1、アルファ線=20 組織荷重係数:臓器などの組織別の影響の受けやすさを表す:肺・胃・骨髄など=0.12、 食道・甲状腺・肝臓・乳房など=0.05、皮膚・骨の表面=0.01(2008年時点での日本での使用値) [出典] 財団法人 環境科学技術研究所、排出放射性物質影響調査サイト: http://www.aomori-hb.jp/ahb2_08_h07_term.html ベクレル(Bq):放射性物質の放射線を出す能力(放射能)の強さを表す単位 ベクレル、グレイおよびシーベルトの相互の関係については、下記のブログにわかり易く解説されています。 http://blogs.yahoo.co.jp/atcmdk/53398301.html *熱効率とは? ここでは発生する熱量のうち電気に変換できる割合を「熱効率」と呼んでいる。例えば、熱効率30%の場合では、発生熱量が100のうち30が電気エネルギーに変換され、残り70が排熱として環境中に放出される。いわゆる「熱のゴミ」である。熱効率が高いほど燃費が向上し、無駄なエネルギーを放出しない。環境中に放出される熱エネルギーは、環境負荷を増大させて地球温暖化にもつながる。 各種の発電方式の熱効率は、軽水炉型原子力発電:約33%、一般火力発電:約47%、コンバインドサイクル発電*:約60%となっていて、軽水炉炉型原子力発電がもっとも効率が悪いことがわかる。 (*ガスタービンによる直接的な発電と、タービンの排気熱を回収して行う蒸気発電と、2重に発電を行うため熱効率が高い) <by Wikipedia>
by wister-tk
| 2013-03-25 15:41
| 環境学習など
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