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「脱原発」ってなあーに? 

はじめに
2011年3月11日の東日本大震災以降、いわゆる「脱原発」が大きな課題として私たちの身近な話題となっています。特に最近では、1月23日告示された東京都知事選挙における論戦の争点のひとつとして「脱原発」が、注目をあびています。
一口に「脱原発」と言ってもその意味するところは、必ずしも明確ではありません。ある人は、「脱原発」を「すべての原発の即時撤廃」と捉えるかも知れません。しかし、また別な人は、「脱原発」を「原発を徐々に廃止して最終的には全て廃止する」と考えているかも知れません。その他にこれらの中間的な考え方の「脱原発」もあると思われます。
そこで今回は、「脱原発」についてどのようなシナリオがあるのか、またわが国のエネルギー政策における原発の位置づけをどう考えればいいのか、そして「最善のシナリオ」とは一体どのようなものなのか、と言ったことを少し学習して見たいと思います。

脱原発のシナリオ
現時点では、東日本大震災以後に再稼働(2013年7月)した関西電力の大飯原発3号炉と4号炉も定期点検で停止(2013年9月)中のため、総数50基(日本原子力技術協会調べ)の原発のうち稼働している原発は1基もない状態です。
いわゆる「脱原発」のシナリオの基準としては、廃止時期、廃止の数、新設の有無、耐震性能、などが検討すべき項目として考えられます。

〇廃止時期による場合:①全原発を即時廃止する案、②数年かけて徐々に廃止する案、③耐用年数(30年、 40年、60年)経過後に廃止する案、など
〇廃止割合による場合:①全廃する案、②全廃はせずにある程度存続させる案、③出来るだけ多く存続させ る案、など
〇新設するか否か:①新設を許す案、②新設を許さない案、など
〇耐震性による場合:①耐震安全性が確保できないものを廃止する案、②確保できるものを継続する案、
〇以上の4つの組み合わせシナリオ:
(例1)耐震安全性が確保できないものを全廃する、耐震安全性が確保できるものを継続するが、数年かけて徐々に廃止し、最終的には全廃する。
(例2)耐震安全性が確保できないものを全廃する、耐震安全性が確保できるものを継続するが、耐用年数(30、40、60年)経過後には廃止する、しかし、全廃はせずにある程度の原発は存続させる、このためには新設は認める。

経済産業省のシナリオ
温室効果ガスの排出量削減の観点から検討された原発の削減シナリオは、図に示すとおりです。ここでは削減のファクターとして原発の数のみに着目しており、削減の時間要素など数以外の条件は入っていません。東日本大震災以前の2010年時点での実績(発電構成に占める原発発電量の割合26%)に対して、2030年における①ゼロシナリオ(0%)、②15シナリオ(15%)および③20~25シナリオ(20~25%)の3つのシナリオの発電構成を示しています。

          各シナリオにおける発電構成(2030年)
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          出典:経済産業省 委員会資料2(2013/5/29)
<http://www.meti.go.jp/committee/summary/0004000/pdf/035_02_01.pdf>

下の表に示すように温室効果ガス削減の観点からは、原発の比率を25%としても温室効果ガスの削減率は14%程度となり、いわゆる「25%削減目標」に対しては、さらなる別途の対策が必要なことを示唆しています。
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          環境省中央環境審議会・資料

「脱原発」シナリオの例[1]
原発の寿命と耐震安全性を考慮した具体的な廃炉のシナリオとしての一例を見てみます。

シナリオ1:原発の耐用年数を運転開始から40年として廃炉にし、さらに特に耐震安全性が確保できない原発を停止する案(この場合は2020年時点で22基稼働することとなります)
シナリオ2:原発の耐用年数を運転開始から30年として廃炉にし、さらに特に耐震安全性が確保できない原発を停止する案(2007年時点の原発設備容量の76%を削減)
(この場合は2020年時点で12基稼働することになります)
シナリオ3:2020年までに全ての原発を廃止

上で述べた3つのシナリオは、原発を停止した場合の温室効果ガスの排出削減に及ぼす影響を検討したものです。いずれの場合も、地球温暖化対策として省エネの促進、再生可能エネルギーの開発、燃料転換にける幅広い効率改善対策、生産や輸送のスリム化などによって、2020年における温室効果ガスの排出量を、1990年比で25%削減可能であるとしています。

わが国のエネルギー政策における原発の位置づけ
「脱原発」の是非を論ずるにあたっては、基本的にはまずわが国の「エネルギー政策」はどうあるべきかについて、明確なヴィジョンが必要だと思います。現在の我々の生活レベルを保証するための経済成長を維持するためには、経済活動の原動力とも言えるエネルギーの確保は、極めて重要です。

東日本大震災前の2010年における電源構成は、原子力:30.8%、石炭:23.8%、水力:8.7%、LNG:27.2%、石油等:8.3%、新エネ等:1.2%です。これに対して震災後の2012年での電源構成は、原子力:1.7%、石炭:27.6%、水力:8.4%、LNG:42.5%、石油等:18.3%、新エネ等:1.6%です。

          燃料別発電量構成比の推移(1990年度~2012年度)
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          出典:「環境を考える」ブログ
          <http://blog.goo.ne.jp/fun_energy/e/e1b4a7d4acef56587764c50dc0ba7a29>

          燃料別発電量の推移(1990年度~2012年度)
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          出典:「環境を考える」ブログ
          <http://blog.goo.ne.jp/fun_energy/e/e1b4a7d4acef56587764c50dc0ba7a29>

現時点では電発は稼働していないので、それを補填するためにLNGの比率が大きくなっていると考えられます。以上のように原発の停止後の電力をLNGに大きく依存していることがわかります。

震災直後の電力不足は、計画停電や休止中の火力発電所の復旧によって急場をしのぎました。また2012年の夏は猛暑だったにもかかわらず、計画停電もなく無事過ごすことができました。このように我々の生活に停電などの大きな影響を与えることなく、電力の供給が行われている背景には、海外からのLNGの大量の輸入に依存していることに気付かなければなりません。しかも日本が急激に大量のLNGを買い付けたため、LNGの価格が高騰してしまいました。結果として現在、海外に依存している食料の輸入金額の6兆円を超えて、LNGの輸入金額は7兆円と言われています。結果として貿易赤字となり、わが国の財政への大きな負担となって来ています。

さらに重要なことは、LNGの価格高騰によって深刻な打撃を受けている国があることです。特に途上国においてその影響が大きいと言われています。わが国のように輸出によって外貨を獲得し、その外貨でLNGを輸入することは可能ですから、貿易赤字となったとは言え当面は電力の需要を満たすことは可能です。しかし、外貨の手持ちが少ない途上国ではLNG価格の高騰は、死活問題となると言われています。その結果、LNGを大量に買い付けその価格を釣り上げている日本に対して、激しい非難が寄せられているとのことです。これはわが国が世界の国々と友好的共存して行こうと言う平和主義に反する行為と言えるでしょう。

また、さらにわが国において原発がどのような経緯で持ち込まれたのかを知ることは、「脱原発」を検討する際の重要なポイントのひとつと思われます。さらにこのことは、日本で採用された原発が「軽水炉型」であり、なぜより安全性の高い「溶融塩炉型」が採用されなかったか、にも大きくかかわっているものと考えられます。(「溶融塩炉」については、このブログの2013/2/22, 3/25, 4/29, 5/30, 6/30, 8/29 の各号をご覧ください。 )

簡単に一言でいってしまうと、「第二次大戦後の日本の原子力政策は、米国の政策の意図の基に行われてきた」、と言うことに尽きると思います。「軍事おいてはアメリカの核兵器の傘に守られ、電力供給において民生利用の原発に守られてきた」[2]と言うことになるのだと思います。その基礎にあるのが、「日米原子力協定」であり、この協定にもとづいてわが国が米国の原子力産業のマーケトにおける「消費者」としての立場を要求されたと言われています。その結果、軽水炉型の原発を買うこととなり、同時に核燃料の供給が約束されました。東日本大震災の2011年までに全体で54基の原発を買ったわけですが、第1基目は英国製でしたが、他はすべて米国の原発となった訳です[2]。

わが国における原発の製作・建設は、当初は純粋に米国企業によるものでしたが、最近では日本の企業との共同製作となっていました。したがって現在では、わが国の原子炉に関する技術は、世界的に見ても極めて高い技術水準にあると言われています。実際にわが国は、世界の原子力産業において中心的な位置を占めていると言われ、世界の原子炉格納容器の80%を日本企業が製造しているとのことです[2]。また、国際的にこうした立場にある日本が、「脱原発」と言うことで方向転換して、突然に原子力産業をも停止しまうと言った施策は、対外的に大きなマイナスになると考えられています。特に米国の場合は、日本に対してこうした施策を認めない可能性が、極めて高いではないかと思われます。

わが国のエネルギー政策における原発の位置づけの、もうひとつの重要なポイントとして、原子力発電に関する「技術水準の維持」の問題があります。今後は発展途上国や新興国においては、原発の利用が増加する傾向にあると言われていますが、平和利用にのみ特化した日本の原発技術は高く評価され、今後、原発利用を進めて行く国々にとってのよりよき目標となることでしょう。彼らの要望に応え支援していくためにも、原子力技術のレベル維持は大変重要だと言われています。また、福島第1原発の事故処理でも明らかなように、事故処理はもちろんのこと廃炉処理においても高いレベルの原子力技術が必要であり、こうした技術レベルは一朝一夕にはできるものではなく、長年にわたる研鑽の蓄積が必要なことは明らかでしょう。

最善のシナリオとは
以上学習してきたように「原発即時廃止」が、必ずしも現実的でないことがわかりました。それではどのようなシナリオがベストなのでしょうか? これはなかなか難しい問題です。そこでいろいろと調べた結果、私個人として納得し賛同できるシナリオとして、一つの具体的な提案に到達しました。それは寺島実郎さんの提案する3つの理論的選択肢として提示された「ベストミックス」[2]です。少し長くなりますが、原文の趣旨を変えないよう注意して箇条書きの形式で、以下に引用させていただきます。

<以下は文献[2]からの引用です> なお「青字」はブログの作者が加筆した部分です
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日本にとっての「ベストミックス」[2]
第一の選択肢:「アメリカの核の傘から出て、脱原発をめざす」:理論的には整合性があり一貫している選択肢。
問題点
中韓との領土問題や北朝鮮の核問題が横たわるなかにあって、アメリカの核抑止力なしに、日本政府が国際紛争の脅威に立ち向かっていけるかというと甚だ心許ない。
日米同盟および日米原子力共同体に関与する政治家やメディアがそれを許すだろうか。
結 論第一の選択肢は可能性が低いと言わざるをえない。

第二の選択肢:「アメリカの核の傘にとどまりながら脱原発を推進する」
問題点
アメリカの核兵器に守られる日本が「脱原発」を主張することは、そのまま日米同盟の変更を意味する。まずアメリカは日米同盟の変更を望まないだろう。
「脱原発」を主張しながら、日米共同で原発産業を海外に売り込むことは、ご都合主義のそしりを免れることはできず、国際社会の信頼を大きく損なう危険がある。
結 論第二の選択肢も実現可能性が低い。

第三の選択肢:「アメリカの核抑止力の段階的な相対化(減少化)と相対化のための原子力基盤技術の維持と蓄積」
世界の非核化と原子力の平和利用のために、IAEAなど国際機関を中心舞台として、日本は関与し可能な範囲で貢献する。
核兵器保有の誘惑に負けず、平和利用に徹しながら、専門性の高い技術力を磨き維持管理に努めていく路線である。
結 論第三の選択肢を志向することが、日本の未来にとって賢明なことではないかと思っている。
理 由
世界の原子力産業マーケットの中核を日本企業が占めている現実を最大限に生かし、原子力分野におけるグローバル・ガバナンス(世界の共同統治)に貢献することで、原子力技術の平和利用を進化させることもでき、国際社会の尊敬と信頼を獲得することにつながるだろう。それが、日本が世界の国々から尊敬と信頼を獲得できる道でもある。

具体的な原発の維持目標
1990年以降に稼働させた安全性の高い2.5世代以降の原発20基と、新設原子炉2基あれば、約2000万キロワット程度の発電を維持できる。
原発の電源構成比を17~18パーセントと必要最小限度に抑えながら、原子力技術と原子力専門家の維持と確保を図っていくべきだ。
もちろん運営上の問題は改善しなければならない。現在の東京電力の賠償スキームや一時的国有化は、国家が明確な責任を持つ体制ではない。「国策統合会社」として統括し国が責任をとることで、国民や国際社会からの不信を排除する政策が必要だ。

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<以上は文献[2]からの引用です>

おわりに
「脱原発」についてどのようなシナリオがあるのか、またわが国のエネルギー政策における原発の位置づけをどう考えればいいのか、そして「最善のシナリオ」とは一体どのようなものなのか、について少し学習しました。
「ベストシナリオ」については、各人によってそれぞれ異なる意見があるのは当然と思います。今、特に大切なことは、「福島=>原発=>危険=>0廃止」と言った単純な発想ではなく、まず日本の「エネルギー政策」はどうあるべきかについて、原発を含めてじっくりと議論し、国民的な合意の結果を踏まえた長期計画のもとに実行していくことが大切ではないでしょうか。

「ベストシナリオ」を選択する場合の基準は、何と言っても、①国民の現在の生活レベルを維持する、でしょう。さらに、②国際社会での日本の立場を十分に考えた行動をとる、③平和立国の主張に一貫性もたせる、④科学・技術立国としての立場を維持する、⑤再生可能エネルギーへの転換予測を的確にする、⑥第4世代の安全性の高い原発、特に「熔融塩炉」を導入する、⑦気候変動へも十分に配慮する、等々が考えられます。

2月9日の東京都知事選挙で、各候補者の「脱原発」の主張に対して有権者がどのように判断を下すかが、大変興味の持たれるところです。皆さんはどの候補者に投票しますか?まずは各候補者の主張する「脱原発」の中身を十分に検討して見てください。

< 参考文献 >
[1] NPO法人 気候ネットワーク:脱原発の複数シナリオ-追加試算(2)2011/09/08
   http://www.kikonet.org/research/archive/energyshift/report20110908.pdf 
[2]寺島実郎:時代を見つめる目、潮出版社、2013/10/20
by wister-tk | 2014-01-31 23:12 | 環境学習など
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